疎にして漏らさないためのWEBメディア

疎にして漏らさないためのWEBメディア

渋谷に塗られたマーガリンの話

user-icon じねんじょ大先生

“これからの渋谷にご期待ください”と書いてあった。なんでも「街のにぎわいを創出し文化を発信し続けること」で進化を遂げるらしい。果たして、高いところからマーケティングなるものを駆使して、何処かからそのまま持って来た娯楽をばら撒くと「街のにぎわいを創出」できるのだろうか。臭いものの上から、見た目がきれいで画一的なエンターテインメントっぽいものを塗り固めることで「文化を発信」できるのか。カルチャーとは何か、と少し考える。少なくとも地上を歩いている者の間で、甘い香りやドブの悪臭、性の酸っぱい臭いなんかが渾然一体となって湧き出てきたものがこの街の文化だったように思う。街はどんどんときれいになってゆく。しかしそれは世の中がきれいになることとは同義ではない。清濁併せ持つ人間の営みのきれいな部分だけを表に出した時、その濁りはどこへ行けばよいのか。

こんなことを言うとスピリチュアルな雰囲気が出てしまうが、渋谷には「谷」としての役割のようなものがあるのではないだろうか。周辺には恵比寿・代官山・青山のようなキラキラした街や六本木・麻布などのギラギラした街があり、それらから出たドロドロしたものが渋谷という谷に流れ着き、街に内包していくことで全体としてのバランスが成り立っているような。

そうしてきれいなものと汚いものが大きな交差点の上でスクランブルされていく中で生まれ育っていったものこそが渋谷の文化であって、スーツ着たおっさんが高層ビルの会議室でやんや言ってハンコ押して決めたものをどうして文化などと言えようか。どれだけ味をバターに寄せようとも、バターとマーガリンではそもそも出処が違うのだから。