不規則な生活を送っていると、眠りにつくのが朝方になってしまうようなこともしょっちゅうある。そしてそんな時ふとテレビを点けると早起きの高齢者をターゲットにした時代劇の再放送がやっている。そう、今回のテーマは『暴れん坊将軍』である。一応ざっくり説明すると、『暴れん坊将軍』は1978年から2002年まで足掛け20余年に亘って放送された時代劇で、松平健演じる江戸幕府8代将軍吉宗が城を抜け出しては、仕官先を探す貧乏旗本の三男坊・徳田新之助と姿を偽り、江戸の街を駆け回っては様々な悪事を成敗していく、典型的な勧善懲悪ストーリーである。本記事ではそんな名作時代劇に隠された裏メッセージを深読みするようなことは特にせず、面白いから皆も是非見てみてっていうことを伝えたいと思う。
今でこそマツケンサンバの印象が強いが(それももう古いが)、当時の松平健は超イケメンであり(もちろん今もかっこいい)、要は松平健が演じる将軍吉宗さえカッコよく映っていればあとは何でも良いという、ある種のおおらかさのようなものが作品からは感じられる。テレビに対していちいち細かい指摘が目立つ今日このごろではこういった粗さは何だかとても安心感を覚える。当時と今では技術的な制約も違うのかもしれないが、まず吉宗以外の登場人物は皮膚とカツラの接地がどれだけ甘かろうと気にしない。その代わり吉宗のカツラだけはいつだって最高になめらかに皮膚に馴染んでいる。
次に注目すべきは子役たち。彼らはまるで大根役者であることを強要されているかのように皆一様に見事な棒読みっぷりを見せてくれる。音階で言うとファとソの音が出せればこのドラマの子役は務まるだろう。そう、子役が上手かろうと下手だろうと吉宗のかっこよさは揺らがないのである。
そうは言ってもゲストや脇役たちにも見所はたくさんある。若かりし頃の蛭子能収や坂上忍なんかがゲスト出演していたり、北島三郎を筆頭に高島礼子や三遊亭圓楽、佐藤B作などのレギュラー陣の若い姿も見ることができる。
暴れん坊将軍が成敗するのは基本的に組織犯罪である。悪事に手を染めた幕府の要職に就く者とか諸藩の偉い人とか。で、それを20余年も続けてしまったものだから、シリーズが続いた分だけ犯罪者の数も半端ではない。レギュラーシーズンだけで全828話が放送されており、そのほとんど(というか恐らく全て)が組織犯罪である。で、悪事の主犯格は皆将軍に謁見が許されているくらいには偉い人たち(今で言う大臣とか官僚の偉い人とか)な訳だから大変だ。もうモリカケ云々といったレベルの話ではない。しかもこの828に及ぶ組織犯罪は全て8代将軍吉宗の在位期間に起きていて、さらに全シリーズに南町奉行として登場する大岡忠相の在任期間にまで絞ると、1717年〜1736年の19年間の間に起こっていることがわかる。年間平均すると43.6件、もうドロッドロである。江戸の街は賄賂と暗殺が飛び交う組織犯罪大国と化している。これにはさすがの田沼意次もビックリ、白川の清きに住みかねた魚たちも踵を返すこと請け合いだ。
そんで月平均およそ3.6件の極悪組織犯罪の、その全てを将軍自らが秘密裏に成敗する訳である。これには大岡忠相も立つ瀬無し、「大岡越前の守の名裁き」も名折れである。裁く以前に捌かれてしまう訳である。しかもさらにその全てが対症療法(かなりの荒治療)であるから、どう考えても幕藩体制の抜本的改革、聖域なき構造改革が求められそうなところではあるが、決してそうはならないところが暴れん坊将軍の暴れん坊たる由縁なのだろうか。
ここで一つの疑問が頭に浮かぶ。暴れん坊将軍、一体何人成敗してんだ?という。成敗とは即ち殺すことな訳で、毎度毎度、悪代官たちは屋敷に詰める侍?用心棒?達を一同に呼び寄せては見事に全員殺されるのである。それが828回。ということで大雑把ながら数えてみたところ、一回の殺陣でだいたい30人くらいは殺されているなぁと。で、それが828回なので、トータルでおよそ2万5,000人くらい殺しているのである。年平均1,300人、1日平均3.5人殺していることになる。ゼノ=ゾルディックでさえ1日1殺な訳だから、これはもう暴れん坊とかそういう次元ではない。ジェノサイドである。
とにかく色んなところが大雑把な訳である。どんなプロセスを辿ろうが最終的には吉宗が全部切っておしまいなのだから、時代考証とかそういうのはもう匙加減というか。なので観る方もとても気楽で、途中で寝ようが、途中から観ようが、絶対に毎回同じエンディングに向かう安心感がある。でもちゃんと観たら観たで、ちょっと笑えて、爽快で痛快で。細かいことでピリピリしがちな現代人には良い弛緩剤となることだろう。